延期になりました→ Feminist/Queer Utopias & Dystopias: Alternative Worlds Imagined Through Non-Normative Desires and Bodies

以下のイベントは、COVID19の感染拡大状況を鑑みまして、開催の延期をいたします。開催は2020年の夏を予定していますが、具体的な日時は未定です。

Due to the COVID-19 situation, the following symposium is postponed till the summer 2020.

概要:   

TVドラマや映画など、近年のポピュラー・カルチャーにおいて、クィアなもしくはフェミニズム的な表象に特徴付けられた作品が増えている。興味深いことに、それらの表象は、ユートピアまたはディストピアという、オルタナティブ・ワールドが舞台であることが多い。のみならず、クィアな表象は、ディストピア的絶望ではなく、どちらかというとユートピア的希望の在り処として提示されがちであるのに対し、フェミニズム的な表象は、ディストピア的な設定が多い。前者に関しては『センス8』(2015-2018)や『ブラック・ミラー』(2011-)の「サン・ジュニペロ」(2016)と「ストライキング・ヴァイパーズ」というエピソード(2019)が、後者に関しては『侍女の物語』(2017-)が例として挙げられよう。

この二つの傾向は、私たちにいくつか重要な問題を突きつける。まず、クィアなものをユートピア的に表象することは、市場を意識したイメージ戦略あるいはポリティカル・コレクトネスの結果にすぎないのか?それとも、クィアなもののユートピア的な表象は、オルタナティヴな、より良い未来を想像するための新たな方法を私たちに提供するのか?そうであれば、どのように?そして、誰のために?また、フェミニスト・ディストピアの表象は、現在におけるインターセクショナルなフェミニスト政治とどのように対応しているのか?これらの論点を念頭に置きながら、このシンポジウムでは、近年のポピュラー・フィクションにおいて、クィアなもしくはフェミニズム的な視点がいかにユートピアまたはディストピア的想像力と交差し、重なり合うかについて考察する。

Recent years have been witnessing an increase in the number of popular cultural works that present themselves as feminist or queer. Curiously enough, many of these works are set in alternative utopian or dystopian worlds. Even more interesting is the fact that queer and feminist representations in these genres seem to be respectively coagulating around two separate poles: queer representations tend to be the locus of utopian hope, rather than dystopian despair, as seen for instance in Sense8 (2015-2018), or the two Black Mirror episodes “San Junipero” (2016) and “Striking Viper” (2019); while representations of feminist issues within alternative worlds tend to be set in dystopian rather than utopian frameworks, with The Handmaid’s Tale (2017-) being a prominent example. 

This raises some important questions: Is the inclusion of queer issues as utopian horizon merely the result of market-oriented image politics and political correctness? Or do these utopian representations of queer issues offer us new ways of imagining alternative, better futures? If so, how? And for whom? How do dystopian representations of feminist issues correspond to the present reality of intersectional feminist politics? Addressing these questions, this symposium aims to critically reflect on how feminist/queer perspectives intersect with utopian and dystopian imagination in recent works of popular fiction.

キーノート講演:   ニシャント・シャハーニ(ワシントン州立大学)

登壇者:       

生駒夏美(国際基督教大学)         

中村麻美(立教大学)

ヴューラー・シュテファン(東京大学)             

清水晶子(東京大学)

スケジュール:           

13:00-13:10                開会挨拶 (中村麻美、ヴューラー・シュテファン)

13:10-14:30            基調講演

ニシャント・シャハーニ 「もう一つの世界を感知する−ディストピア的現在を通しての唯物論的ユートピア批判」

14:30-14:45                休憩

14:45-16:00                研究報告

生駒夏美 「『フランケンシュタイン』から『侍女の物語』まで——再生産とフェミニスト・ディストピア」

中村麻美 「『ブラックミラー』「サン・ジュニペロ」(2016年)におけるクィア・ノスタルジア」

ヴューラー・シュテファン「ジェンダー化された身体の超越?笙野頼子『ウラミズモ奴隷選挙』のユートピア的地平線を問い直す」

16:00-16:20                休憩

16:20-17:30                ラウンド・テーブル

言語:                         英語(同時通訳あり)

日時:     2020年 3月 8日(日曜日)13:00-17:30

会場:                    国際基督教大学、ダイアログハウス2F、国際会議室

主催:                   

東京大学大学院総合文化研究科 表象文化論研究室 (科研費研究番号 No. 19H01205; No. 16K13134)

国際基督教大学ジェンダー研究センター

企画:                中村麻美、ヴューラー・シュテファン

ポスターPDF版はこちら→ https://bit.ly/2wkjXvm

English Poster (PDF) → https://bit.ly/2OX7SCL

関連セミナー

シンポジウム前日3/7(土曜日)午後に、シンポジウムの基調講演者であるシャハーニ氏にご著書の_Queer Retrosexualities: The Politics of Reparative Return_ について、クローズドのセミナーでお話いただきます(会場は駒場です)。

こちらはシンポジウムテーマであるユートピア/ディストピアに直接関連するというよりは、クィアな過去とどのように関わっていくのかを論じるものになります。使用言語は英語のみ、同時通訳は入りません。

こちらは参加者を確定したセミナー形式ですので、参加ご希望の方は私までご連絡ください。

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クィア・リーディング連続公開研究会(第12回)

 

2017年2月19日(日)14:30~17:30 

場所:中央大学駿河台記念館 580号室

報告者:石川千暁

タイトル: 「一緒に女の子」であることの親密—ネラ・ラーセン『パッシング』からトニ・モリスン『スーラ』へ

概要:「私たちは一緒に女の子だった (We was girls together)」。初のアフリカ系アメリカ人ノーベル賞作家トニ・モリスンToni Morrisonの『スーラ』Sula (1973年)の結末において、今は亡き親友スーラを想って幼馴染ネルNelはそう呟く。二人の親密性をめぐっては、レズビアン的であるとも、逆に同性愛とは異なるとも評されてきたが、そうした相反する見解は、『スーラ』に書き込まれている流動的な—クィアな—性の表現を期せずして言い当てているだろう。
同じくアフリカ系でハーレム・ルネサンス期の作家であるネラ・ラーセンNella Larsenの『パッシング』Passing (1929年)もまた、女同士の親密な関係を描いている。スーラを弔うネルの呟きに、ネラが描き得なかった類のセンティメントが込められていると考えることはできないだろうか。本発表は、女同士のエロティックな欲望の抑圧を描いたラーセンのテクストのクィアな書き換えとして『スーラ』を読む試みである。

コア・テクスト
Larsen, Nella. Passing. 1929. New York: Penguin, 2003.(上野達郎訳『白い黒人』春風社、2006年)
Morrison, Toni. Sula. 1973. New York: Vintage, 2004.(大社淑子訳『スーラ』早川文庫、2009年)

主催: 中央大学人文科学研究所「性と文化」研究チーム

☆「性と文化」研究チームは、2007年に発足以来、ジェンダー/セクシュアリティ論やクィア理論について、文学研究・表象分析の領域で研究活動を続けています。2013年3月には、研究成果をまとめた論集『愛の技法—クィア・リーディングとは何か』(中央大学出版部)を出版しました。2013年秋より、関心を共有する研究者(大学院生含む)を対象に、具体的なテクストを取り上げて「読みの実践」を検討する連続研究会を開催しています。参加者には事前にコア・テクストをお知らせし、当日報告者が紹介する読解に対して自由に意見を出し合い議論できる、ワークショップ型の集まりです。

会場の都合上、出来るだけ事前に参加希望をメールでお知らせください。ご連絡およびお問い合わせは<queer.reading(あっと)gmail.com>まで。

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